大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1238号 判決

○当事者

控訴人

大塚慶三

右訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

同右

佐々木凞

被控訴人

有限会社文華堂

右代表者代表取締役

渡辺尚平

右訴訟代理人弁護士

光石士郎

同右

土屋賢一

○主   文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

○事   実

控訴人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。(以下省略)

○理   由

一、本件における当裁判所の事実の確定並びにその理由は、次に補足、訂正するほかは原判決理由中の説示(同理由一枚目表冒頭から七枚目表四行目まで)のとおりであるから、その記載をここに引用する。

(1)―(3)(省略)

(4) 原判決理由第二、三項の事実認定中本件建物三階部分に関する部分を次のとおり訂正補充する。

本件建物の三階部分は、昭和二一年秋前居住者山西某が退去して後は訴外渡辺尚平及び朝賀重三が事実上文華堂の物品置場として使用をはじめたが、右につき所有者大塚周吉の承諾があつたか否かは明らかでない。ただ訴外大塚貞二は昭和二六年五月頃三階部分も使用できるものとして本件建物における営業を譲渡し同建物より完全に退去したものであるが、所有者の承諾が認められない以上これにより尚平が三階部分について所有者に対抗できる賃借権を取得したことにはならないことは当然である。しかしその後右建物の所有者となつた控訴人は、昭和二七年頃には尚平が右三階部分を使用することをも承諾した。そして尚平らが昭和二七年一〇月一三日被控訴会社を設立して後は、被控訴会社が右建物の使用を継続し、昭和二九年九月右建物の賃料を月額二万円に増額したときには、控訴人は右三階部分をも賃借権の対象とすることを承諾し、右金額は三階部分の使用の対価をも含めて定められたものである。

(5) 本件家屋の昭和二九年七月より昭和三〇年三月までの家賃領収の証である甲第一号証の一、二の表紙には、宛先として「有限会社文華堂様」と表示してあり、又、昭和三〇年四月及び五月分の家賃領収の証である甲第二号証の一、二の表紙には、宛先として「(有)文華堂殿」と表示してある。そして(証拠―省略)によれば、右各宛先の表示はいずれも発行者である控訴人が記載したものではなく、甲第一号証の一の分は被控訴会社代表者自身が甲第二号証の一の分は同人の義兄朝賀重三がそれぞれ記載したものであることを認めることができる。しかしながら、これらの領収証は通帳の形になつていて賃料支払の都度借主が控訴人方に持参しこれに領収の印を受けるようになつており、実際もそのように使用されていたものであることは右各証の体裁並びに(証拠―省略)により明らかであり、もしこれに宛先の表示がないときは家賃領収の証として充分の効用を発揮しないのであるから、元来は控訴人において最初に記入して交付すべきものであり、これを被控訴会社代表者等が記入したのは、控訴人がその記入をしなかつたためこれを補充したものと認むべく、その記入の時期については、甲第一、二号証の各二の内容を成す各家賃領収の記入押印の最後の分が終つて後に記入されたものとは文書の外形上からは認め難く、又甲第一号証の一の「有限会社文華堂様」(「様」は印刷文字)という記載はその文句の配列から見て、その中の「有限会社」という表示だけを後に書き加えたものとは到底認められないので、右各文書の前記のような効用に徴し、(証拠―省略)に従い、右各宛名の記載は当該文書の使用が開始された当初又はその初期の頃に記入されたものであり、その記入は当時においては控訴人の意思に反するものではなかつたものと推認すべく、右認定に反する(証拠―省略)はいずれも採用し難い。そして右第一、二号証の各一、二はその性質上反覆使用されるものであり家賃支払の都度控訴人はこれに領収の印を押していたのであるから、控訴人は賃料の支払者が被控訴会社であることを知つてこれを受領していたものと認むべく、その際控訴人において被控訴会社が借家人として賃料を支払うものであることに異議を述べたような事実は認められない。従つて、右各号証の宛名の記載が控訴人によつてなされず被控訴会社代表者によつてなされたということは、必ずしも控訴人が右家賃を渡辺尚平個人から受領していたことの証左となるものではない。

(6) 原判決理由第六項中控訴人が借賃の受領を拒んだ旨の事実認定(記録三二四丁裏八行目)を、控訴人は受領証の交付を拒んだため被控訴人は借賃を交付するに至らなかつた旨改める。

二、(証拠―省略)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴会社は昭和二九年一二月三一日以降被控訴会社名義で振出した小切手を用い控訴人に家賃の支払をなしており、控訴人は昭和三〇年七月本訴が提起されるまでは右小切手により支払われる家賃を異議なく受領していたことが認められるから、この点から見ても控訴人はその際被控訴会社が賃借人として賃料を支払うものであることを知つて異議なくこれを受領したものと認めることができる。

以上の諸点もまた大塚貞二の賃借権が渡辺尚平を経て被控訴会社に譲渡されたことを控訴人において少くとも暗黙の間に承諾したものであるとの原判決の認定をさらに支持すべき資料となるものである。

三、よつて控訴人がなした賃貸借解除の意思表示の効力いかんを判断する。

弁済者が弁済をするにあたり受領証の交付を請求したにかかわらず弁済受領者がその交付を拒絶するときは弁済者は弁済を保留することができ、この場合には弁済者は債務不履行の責を負うものではなく、右の受領証は弁済者を確定し弁済事実の証明資料とするものであるから特段の事由のない限り現実に弁済した者を宛名人として作成すべきものである。従つて、前記認定のとおり(原判決引用による部分を含む)昭和三一年一二月分の賃料の弁済にあたつて弁済者たる被控訴人の請求に対し、控訴人は現実の弁済者が被控訴人であることを明らかに了知しているにかかわらず被控訴人宛の領収証の交付を拒んだ以上、従前前記のとおり被控訴人が両名宛の領収証を異議なく受領していたとしてもこの一事をもつて被控訴人宛の領収証の交付を拒みうる理由とはなし難いことはもとより、他に従来どおり被控訴人或いは尚平宛とした両名宛の領収証でよいと認めるに足る特段の事由も認められない本件においては(控訴人がいうように係争建物部分の賃借人が尚平であるか、尚平を代表者とする被控訴人であるかは本訴における争点ではあるが、およそ建物賃料債務の弁済は第三者がすることも許されるところであり、債権者は弁済者が第三者であるという理由でその受領を拒むことはできないのであつて、ただ本件において、控訴人としては、係争中に被控訴会社だけに宛てた賃料領収証を発行することがあたかもこれにより被控訴会社が賃借人であることを裁判外で自白するような形になり訴訟上の不利を招くことを危惧したであろうことは察するに難くないが、そのためには領収証の内容に賃借人が何人であるかについてはなお係争中である旨を付記すれば足りることであるから、弁済者である被控訴会社の請求により交付すべき受取証書の宛名が単純な被控訴会社宛でなく、乙第八号証の一なないし十二に見られるような「渡辺尚平殿(或は有限会社文華殿)」で足りるということにはならない。)控訴人が右の受領証交付を拒絶したことにより弁済者たる被控訴人は賃料の支払をしなかつたことにつき履行遅滞の責を免かれたものといわなければならない。更に、昭和三二年一月分以降の賃料については前記認定の如く被控訴人代理人の口頭の提供に対して控訴人代理人においてその受領拒絶の意思を明示しているのであるから昭和三一年一二月分以降の賃料について被控訴人には履行遅滞が存しないものというべきである。(控訴人より被控訴人に賃貸借契約解除の前提としてなされた催告は、成立に争のない乙第六号証の一によれば、被控訴人宛の受領証の交付を拒絶する旨のさきの申出を撤回したものとは認め難いから、右催告により被控訴人が遅滞におちいるにいたるものとは解し難い。)従つて、控訴人のなした本件賃貸借契約解除の意思表示は被控訴人に履行遅滞がないばかりでなく、当事者間に争いないとおり被控訴人は控訴人の催告により催告の賃料を昭和三十二年六月二十一日弁済供託したものであり、右供託は催告期間内になされたためその後は催告に係る債務そのものが存在しないから、解除の効力を生じなかつたものといわざるをえない。

四、よつて被控訴人の本訴請求は以上の限度において理由があり、その限度においてこれを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がなく失当として棄却を免れない。民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長判事 小沢文雄 判事 仁分百合人 判事 宇野栄一郎)

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